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ニュース2024.12.25
【帰朝報告:中川】フランス(Paris and Saclay) / アイルランド(Galway and Dublin)(2024年11月17日~11月24日)
2024年11月17日~24日までAMED(事業名)の一環として、臨床研究推進センターバイオデザイン部門と開発推進部門の関係者でフランス(パリおよびサクレー地区:11月17日~20日)、アイルランド(ゴールウェイおよびダブリン:11月20日~23日)を視察してまいりました。
フランスでは、2021年秋に発表された政府の5か年投融資計画「フランス2030」の医療分野の実行を目指す医療イノベーション庁の発足(2022年10月)、また、医療分野の研究・イノベーションの推進プログラムとして、「IHU (Institut Hospitalo-Universitaire)大学病院拠点」12か所と「ビオクラスター」4か所の活動の開始(2023年5月)などマクロン政権下で医療イノベーションに関しても積極的な施策がうたれております。とくに、IHUは、既存の大学病院を拠点に、地域の医療機関、研究機関、関係企業などが集まってエコシステムを形成、イノベーションを推進させることを目的としたプログラムで、わが国における取り組みとも共通点があるものと思われます。また、フランスがイノベーションを推進するにあたり課題としてとらえているさまざまなイシュ(「そのためには資金支援の区分をできるだけなくし、要する時間もできるだけ短くし、現場の研究者の責任に委ねていくべきだ」(マクロン大統領談話(2023年5月16日)に対してどのように解決をはかり、どのようにイノベーションの現場に落とし込みをしようとしているのかかねてより関心を持っておりました。そういった観点から、医療機器だけでなく、創薬に関わる知見を広めるべく、パリ市内のInstitute Imagineに加えて、サクレー地区のEcole Polytechnique、E4H(Engineering for Health Interdisciplinary Center)、Servier社を訪問してきました。
Institute Imagine
2007年に設立され、Assistance public-Hôpitaux de Paris、INSERM 、パリデカルト大学、フランス抗ミオパチー協会、Fondation Hôpitaux de Paris-Hôpitaux de France、およびパリ市庁舎が研究所を運営する財団にかかわっております。2013 年まで、Necker-Enfants malades AP-HP university hospitalネッカー アンファン マラデス病院のキャンパス内に分散していましたが、2014 年から同病院のキャンパス内にあるジャン ヌーベルとベルナール ヴァレロが設計した19,000 m2の建物内にunder one roofとなっております。計画段階から、遺伝病専用の建物内に研究と治療に関する専門知識を結集し、ゲノミクス、バイオインフォマティクス、細胞、細胞、分子のなど異なる専門領域を結集することのできる組織となることが意図されてきました。2011 年にはIHUとしての指定を受けております(2019年更新)。
研究者と臨床医が共存するecosystemの形成のための工夫が随所にあり、遺伝子疾患の臨床医が数多く在籍する外来スペースが1階、2階に設けられ、上層階には遺伝子疾患研究ラボが入居 この2つが同じ空間に同居する環境により、遺伝子疾患に関するtranslational researchを生み出し加速することが期待されています。

同研究所のTLOでは、バイオメディカルイノベーションプロジェクトを実施する研究者を支援し、産業界のパートナーと研究開発パートナーシップを締結、革新的ソリューションを開発するスタートアップを創出する取り組みを精力的に行っておりました。ステークホルダーや民間パートナー(産業界のパートナー、起業家、投資家)と協力、特に規制や契約、パートナー研究や外部資金、知的財産の管理など必要な手続きをすべて支援しております。

2016年、Imagineはフランス高等教育・研究・イノベーション省からトランプラン・カルノー認証を取得(2020年更新)しているため、パートナーシップ研究とイノベーション戦略に対する追加サポートを受けられる利点などがあるとのことです。
Ecole Polytechnique、E4H(Engineering for Health Interdisciplinary Center)
Institut Polytechnique de Paris(IP Paris)は6つのグランゼコール(Grandes Écoles(グランゼコール;実践を重視した「高度専門職業人」を養成するための、フランス独自の高等教育機関:École Polytechnique / ENSTA Paris / École des ponts ParisTech / ENSAE Paris / Télécom Paris / Telecom SudParis )で構成されており、工学に特化した機関がEcole Polytechniqueです。その中の健康工学 (E4H) 学際研究センターは、IP Paris の物理、数学、社会科学の強みを活用しながら、生命科学と医学領域における諸課題に対して高度な学際的なアプローチを実践することです。キャンパス内のengineering schoolは有名どころが多く、mechanics, electronics, physics, applied mathematics, life sciencesと個々に強い分野が多く存在しておりました(医学は、medical schoolが無いので、近隣の2病院とパートナーシップを構築)。こうした領域横断的アプローチを促進するために、5年間のPhDと医療機器開発を同時に行うプログラムでは、最初の1、2年に病院に実臨床の見学をしに出向く機会が何度かあるようです。また、Medical schoolはないものの、工学系の学生に、医学の座学 – 見学まで機会は提供しているようです。
Saclay地区
オルリー国際空港近隣地区に位置し、パリ地方の公的・私的研究の40%(19の大学・国立研究機関、9つのグランゼコール、360の研究所で65,000 人の学生)、フランスのハイテク研究開発の15%を占め、ヨーロッパでトップのイノベーション・エコシステムを形成しています。60のビジネス拠点とトップクラスの領域横断型産業(健康、バイオテクノロジー、エネルギー、未来のモビリティ、スマート製造、航空宇宙、サイバーセキュリティや防衛、アグリおよびフードテック、デジタル技術(量子、AI、光学・光工学))が集積しております。欧州のエコシステムは既存の産業基盤が相まって分野に特化した形で形成されていることが相対的に多いのに対し、Paris Saclayについては特定の領域に関係するさまざまなプレーヤーをクロスオーバーさせることで、欧州を抜けて世界での競争力を持たせられるような仕組みとなっています。また、サステナビリティやカーボンニュートラルのような分野横断型の大きな社会課題解決に向けて必要とされる研究開発活動を進めていく上で十分な規模となっています。
毎年多くのスタートアップが起業するのはもちろん、フレンチテックのイノベーション企業(DAMAE メディカル、Exotrail、Quandela、Ynsectなど)との相乗効果も生まれています。パリ・サクレーは、大企業の研究開発が盛んなイノベーションの中心地であるだけでなく、サノフィ(Sanofi)、ユーロファン(Eurofins)、ダノン(Danone)、ノキア(Nokia)、EDF(フランス電力会社)、カルフール(Carrefour)、サフラン(Safran)、タレス(Thales)などの企業の本社や研修施設もあります。
Servier社
セルヴィエは、フランスで2番目に大きな製薬企業です。セルヴィエグループのフランス国内の社員は、本社を含め4,900名が勤務し、仏国内には、本社、有効成分の98%を合成している2つの生産拠点、2つの研究所、そして国際臨床開発センター(ICTR)があります。セルヴィエは、世界中に15の国際臨床開発センター(ICTR)を有しており、セルヴィエグループの研究開発領域において各地域で臨床試験を行っています。世界各地で実施されるセルヴィエの国際的な研究は、製品ポートフォリオの開発の基盤となる重要な役割を果たしており、また、世界各地に拠点を持つことによって、それぞれの地域のステークホルダーとのパートナーシップ構築を容易にするという強みをもたらしています。
イノベーション戦略の一つが、セルヴィエグループが世界中で段階的に導入しているServier BioInnovationネットワークです。このネットワークは、最大級の生物医学および生命科学イノベーションセンターとの研究パートナーシップ、ライセンス契約、および協業のための最高の機会を得ることを目的としています。セルヴィエは現在、米国と中国、パリの3か所にオフィスを設立しています。
Servier社では、キャンパスツアーだけでなく、開発研究体制から若手研究者育成を含めたタレント人材のリクルートまで多岐におよびました。
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Ireland
アイルランドの国家戦略
アイルランドは人口500万台、1980年代までは貧しい国で、海外に移民する国であった。政府はさまざまな領域で、税制優遇、安価な高等教育人材で多国籍企業を誘致したが、雇用価格の上昇とともに、これらの企業は別の国に転出、ということが繰り返された。メドテックはBionnovate Irelandなどの取り組みを政府経済庁(Enterprise Ireland)が支援し、知的技術転用組織(Knowledge Transfer Institute: KTI)などと連携し、企業がアイルランドに根付き、さらにHigh Potential Start Up(HPSU)が効率的に生まれるエコシステムを構築した。Galway大学では、サイバーセキュリティ、グリーンテックなどそのノウハウを他領域で再現する形でスケーリングを図っている。アイルランド政府産業開発庁(IDA Ireland)は、アイルランドの産業開発、海外からの直接投資等を推進する目的で設立された政府機関です。日本事務所では、過去40年間にわたり、欧州への進出を検討されている日本企業向けに、立地や人材、税制、優遇措置など各種最新情報の提供のほか、現地視察、進出計画の立案から進出後のサポートまで幅広い支援を行っています。
Bioinnovate Ireland
Bioinnovate Irelandは、2011年に8名のフェロー受け入れからスタートし、現在は毎年12名のフェローを受け入れており、これまで23のHPSUが生まれています。

HPSUを起業できる人材をリクルートし、大きく成長させていくための取り組みを、創業者のMark Bruzzi先生から伺いました。また、Galway大学病院内のHealth Innovation Hub Ireland (HIHI)、Galway Innovation Officeのみなさんから取り組みの紹介をいただき、意見交換をさせていただきました。


アイルランドにおける創薬産業
アイルランドには次々と投資が行われており、2024年にもLillyの大型投資が発表されています(米大手製薬会社Lilly アイルランドに18億ドルを投じ、製造拠点を拡大2024年10月23日)。その理由は、アイルランドの熟練した労働力、規制環境、そして革新を推進する政策が挙げられます。
Eli Lilly and Companyは、アイルランドのリムリックに構える製造拠点の拡張に10億ドルを投資し、アルツハイマー病に有望な治療薬の開発に向け、生物学的活性成分の生産を強化することを発表しました。合わせてLillyは、アイルランドのキンセールにて8億ドルを投じた既存施設の拡張を発表しました。同施設は2023年から稼働を開始し、増大する糖尿病および肥満治療薬の需要に応えるための生産を行っています。同社は2020年以降、米国およびヨーロッパにおける製造施設の建設、拡張、買収に対し、200億ドル以上を投じてきました。アイルランド政府産業開発庁の支援を通じて行われた今回の追加投資は、同社史上最大規模の製造拡大計画の一環です。(中略)Lillyがアイルランドに約50年間拠点を置き続けている理由には、アイルランドの熟練した労働力、規制環境、そして革新を推進する政策が挙げられます。コークにあるLillyのグローバル・ビジネス・ソリューションセンターでは、2019年以降、雇用が4倍に増加しており、2024年末までに従業員数が2,000人以上に達する見込みです。その半数以上が、臨床研究および開発分野で活躍しています。
国立バイオプロセシング訓練研究所(NIBRT: National Institute for Bioprocessing Research and Training)
NIBRTは、DCU(ダブリンシティ大学)、IT Sligo(スライゴ工科大学)、TCD(ダブリン大学トリニティカレッジ)、UCD(アイルランド国立大学ダブリン校)の 4 学術機関との革新的提携のもと、設立された民間研究所です。
NIBRT はアイルランド産業開発庁が助成(5700万ユーロ)し、以下のミッションを掲げています。
• バイオプロセス業界の主要産業分野で世界に誇る研究に従事する。
• バイオプロセス業界のために高度な技能を持つ人材をトレーニングする。
• 柔軟性に富む、多目的バイオプロセス研究・訓練施設を提供する。
床面積 6,500㎡ のNIBRT ビルには、パイロット規模の研究訓練施設(10L、30L、150L のバイオリアクター・トレイン)、ベンチスケールの上流・下流バイオプロセス・トレーニング・ラボ、バイオ分析ラボ、NIBRTの PI(研究責任者)用研究ラボが設置されています。
2023年に完成した新施設では、約25人の研究員と研修スタッフを新たに雇用し、Conceptプロジェクトとして、製造における課題に対する研究ソリューションとこれらの非常に革新的で複雑な治療薬の製造に関する従業員研修を提供することで、新規及び既存の顧客のニーズへの対応を開始しました。
アイルランドのバイオ医薬品産業は拡大し続けており、過去10年間で新たに20以上の製造拠点が各地に開設され、120億ユーロを超える資本投資が行われました。現在、アイルランドのバイオ医薬品部門は40,000人を超える質の高い雇用を支えているほか、アイルランドにおいて研究開発や製造を行う世界の大手バイオ医薬品及びバイオテクノロジー企業に対して様々なサポートを提供しています。
先進治療は、疾患を分子レベルで治療し、治療のオーダーメイドを実現するとともに治療の成果に大きな変革をもたらします。細胞治療や遺伝子治療の提供は、癌、糖尿病、神経学的疾患など、かつては難治性だった疾患に対する大きな治療効果や治癒をもたらす可能性に期待が集まっています。しかし、これら高度な治療薬の製造は非常に複雑で、コスト効率の高い安全な方法での製造には特有の課題が伴います。
今回の視察では、アイルランドが、希少かつ深刻な疾患のための新ワクチンおよび新治療の製造に携わる、非常に高価値で高度な技術を要する先進治療の分野において、世界のリーダーの一翼を担っている現場をみさせていただきました。常に目まぐるしく発展する分野に迅速に対応するためには、最先端の研究および従業員研修に継続的に投資を行い、国際舞台で世界のトップと競い合えるようにする必要がありますが、様々な形で積極果敢に取り組んでいるところをみることができ、大変意義の高いものとなりました。

最終日の夜は、2021年に当院ベッドサイドソリューションプログラムでインターンをされた大橋莉央さんが今年の秋からダブリンのトリニティカレッジ・ダブリンの医学部に進学されたことから、久しぶりにお目にかかることができ、ダブリンで楽しいひと時を過ごしました。

11月24日
東北大学病院 臨床研究推進センターバイオデザイン部門長
東北大学副理事(国際共創担当)
東北大学病院教授(産学連携室:Experience Design and Alliance Section EDAS)デザインヘッド)
中川敦寛